人間の赤ちゃんは他の動物に比べ大変未熟な状態で生まれます。離乳食が完了し、大人と同じものが食べられるようになる1歳半位までの間(乳児期)、授乳・おむつ交換・沐浴など、待った無しのお世話を受けなければ生きていけない、か弱い存在です。それだからでしょう、出産間もない赤ちゃんであっても時には、びっくりするほどの大きな声で泣く赤ちゃんがいるものです。そのように泣く赤ちゃんを前に、戸惑ってしまうご両親も多いことと思います。昨今のご家庭は核家族化が進み、頼りたいご両親は仕事や介護の問題等で、なかなかお孫さんの育児を手伝えぬ状況があります。又、ご近所にも「赤ちゃんの泣き声がうるさい!!」と言われ気兼ねしている、などの理由もあって、「泣かせてはいけない、あるいは泣かれるのは嫌だ」と考えてしまうことが多いようです。しかし、赤ちゃんが泣くことは本当に悪いことなのでしょうか?

 実は大人の思惑とは反対に、赤ちゃんにとって泣くことには、様々な重要な意味があります。まず赤ちゃんは泣くことによって胸郭が広がり呼吸も深いものになっていくので、充分に泣かせてあげる必要があります。泣き出す赤ちゃんはいきなりびっくりするような大泣きになる訳ではなく、始めは「くしゅん、くしゅん」としていて段々と泣き声のテンションが上がって、いよいよ泣き声がピークに達する、といったプロセスを辿るものです。できればそのプロセスをきちんと経て観察することで、赤ちゃんが何を求めて泣いているのかを理解する力を養ってください。例えば授乳のとき、「くしゅん、くしゅん」が始まったら、おむつ交換をし、手や顔をきれいに拭いてあげる、足やおなかをやさしくマッサージするなど一定のお世話をして、赤ちゃんが泣いている時間を意識的に作るようにしてあげることが大切です。

 もちろん、泣かせておくと言っても、どこまで泣かせるかが問題ですが、これは何分間などと時間で決めるものでもありません。ベテランの保育士さんを参考にすると、この泣かせてあげる間に、「はいはい、ミルクにしましょうね!」「もうすぐよ、ほら~きれいになった」などとタイミングよい声かけをし、赤ちゃんの顔を見つめ、決して焦った表情は見せません。そして泣いている赤ちゃんを抱き上げては、さすったりゆすったりしているので、ほったらかしにして泣かせている訳でもありません。なかなか忍耐がいりますが、こうしたプロセスを経ると、徐々にそれぞれの赤ちゃん自身の泣き声の個性が分かってくるものです。赤ちゃんによってはとても甲高く、怒っているように聞こえても、それは声の質で、決して怒っている訳ではないということを知る必要があります。赤ちゃんの欲求を理解するさらなる助けとしては、前日までのリズムを記録しておくと、一回一回の泣き声の理由が大体予想できる様になります。保育園の乳児の場合も、保育士さんたちは、赤ちゃんたちの前日の家庭での営みを記した連絡帳を見ながら、「もうすぐミルクの時間」「さっき一寸しか眠ってないので眠たい」といった理由をちゃんと理解し、赤ちゃんたちが泣いていても冷静に対応しています。

 もちろん保育園のような広い空間ではなく、狭い住宅のなかでなされる育児の場合は、どうしても赤ちゃんの泣き声を絶対的に悪いもの、抑えるべきもの、とらえるようになってしまっても無理はありません。しかし、泣き始めの「くしゅん、くしゅん」の段階でさっと授乳体制に入ってしまいますと、赤ちゃんの方も、泣いて表現する必要が無くなってしまいます。赤ちゃんが自分の欲求を表現しないと、それに伴って大人も泣き声に慣れていかないという相互作用が繰り返され、将来、子どもの成長に欠かせないいわば泣くことによる子供の「心の洗濯」が経験できないことになってしまいます。空腹・排泄の不快感・痛い・眠い・甘えたいといった欲求を、泣き声だけで聞き分ける事は大変難しいことですが、泣くことが身体の発達を促すと同時に、快・不快を基礎にした様々な感情の発達を促します。何より泣いたあと、欲求が満たされることにより、大人を信頼する心が育つということも、忘れてはならない大切なことです。こころと体を思いっきり使って程よく泣いた赤ちゃんは、元気に授乳し、睡眠も深くなっていきます。

 このように考えると、赤ちゃんの泣き声は悪いもの、抑えるべきものなどでは全くありません。むしろ私達大人の方こそが、元気に泣く赤ちゃんの泣き声に慣れる必要があるのでしょう。新人の保育士さんには「落ち着いて」と赤ちゃんの抱き方などを実践で伝えつつ、赤ちゃんが泣き止んでいく様子や、抱き上げてくれる大人の顔を見上げる可愛い表情を一緒に見ながら、幸せな気分で笑いあっています。赤ちゃんの泣き声は元気のバロメーターであり、私達大人にケアーを求める生きる為の切実な訴えでもあります。そして、たくさん泣く赤ちゃんは感受性が強く、すごく可愛い赤ちゃんに育つということも是非お伝えしたいと思います。首がすわり、おすわり、這い這いと成長が進む7ヶ月すぎには、大きな泣き声を上げる赤ちゃん程、大きな屈託のない笑い声を発し、私達大人をとても楽しませてくれます。保育園では泣く事を大切にとらえるように指導していますが、そのプロセスのなかで、若い保育士さんも一緒に成長している様に思えます。