2歳台の頃、「明日ミニカーを買いにいこうね」などと言おうものなら、「いまいく〜」と大泣きになり、めったに誘いかけのことばは言えなかった時期が続きました。けれど3歳を過ぎると、「明日」は今すぐではないと言うことが分かるようになり「明日」を何とか待てるようになります。大人がどこかに行こう、といった事を必ず近い日程で実現させてあげることで、子どもは言葉を信頼できて、大人と交わす「こんど〜へいこうね」という会話そのものも楽しめるようになります。何度かの楽しい経験によって、起こる事を想像できるようになるのでしょう。「こんど〜へいったら〜をする!」とじぶんの予定までことばにできるようになり、言い出したらすぐに行きたがり、泣き叫んでいた2歳の頃を思い出すと本当に成長したものです。

3歳を過ぎた子どもの大きな変化により、大人は子どもとの会話が楽しくなってきます。自分の言いたいこと、感じたことを一方的に話すだけだった2歳台とは大きな違いです。これは、子どもの話すことばを大人が丁寧に受け止めてあげていたからこそともいえますし、子ども自身、時間の流れや物事の序列のようなことが分かり始め、それにのっとって想像する力も大きく育っているからでもあります。言葉によって「考える力」が芽生えはじめたこの段階の子どもと楽しく、上手につきあうには、大人の側に今までにはなかった心構えが必要です。忍耐づよく子どもに語りかけ共に行為して、子ども自身の思考の育ちを見守る事と、甘えながら自立に向かう子どものペースを理解してやることです。

生活の見通しができてくると、例えば外遊びからの帰り道、「おうちに帰ったら、おててをきれいに洗おうね〜」等の声かけをしてみましょう。子どもは「なんでおててあらうの?」と質問してくるかもしれません。そうしたらしめたものです。ゆっくりと「きたないおててには、ばいきんちゃんがいっぱい」といったお話をしてあげて下さい。「ばいきんちゃんがおなかの中に入ると、おなかがいたいいたいになるよ」などの因果関係は十分に子どもが理解できることです。自分のこれまでの経験で手洗いとおなかが痛くなる関係が、実際の外遊び=泥んこといった経験とつながって理解できるようになり、より広い因果関係を考える素地ができます。行為の意味についての理解が加わった子どもは、外から帰っての手洗い・うがいに、水をいじる楽しさも加わって実に楽しそうに取り組みます。

この時期、遊び半分が加わることは大目にみてあげましょう。この時に、手の洗い方・うがいの仕方などを口うるさくしつけようとすると、子どもはこの時間がとても苦痛になってきます。帰ったら手洗い・うがいという順序は理解できても、うるさく注意されていると、その時の嫌な気持も予測できるので、嫌な事は、段々とやりたがらなくなっていきます。大人が強い口調で叱りでもすればたちまち子どもと大人の間での悪循環が生じます。まだまだこの時期の生活習慣は楽しみながら進めることが大前提です。子どものペースを見ながら徐々に生活習慣を身につけさせていくには、手洗い・うがいを傍らで大人も共にしっかりとやって「あ〜さっぱりした。きもちいい」などとことばにしてみせることもが大切です。大人が口でうるさく言って聞かせたことより、やって見せたことの方がはるかに身につくものなのです。子どもには言うだけ言って、大人が実際にはやっていなければ、子どもはたちまちそれを見抜き、せっかくの良い生活習慣も、身にはつかなくなってしまいます。

また当然のことですが、子ども自身の体調や気分によって、前の日まで積極的に取り組んでいたことも「できない〜、やって〜」と急に甘えた口調になることがあります。頑張りすぎてくたびれてしまったかな?ぐらいに 考えて、「明日からはじぶんでやろうね」と手伝ってあげて、子どもの気持ちを察してあげてください。大人の言うこともほどほど理解し、生活の流れも予測できるようになった子供に「しつけ開始!」とばかりに張り切りすぎることは、子どもに対し逆効果です。甘えと自立を行ったり来たりしながら、段々に成長しているのですから、甘えたいときは、まだまだ甘えさせてあげてください。そして子供がやろうとしていることが未熟ではらはらしてもぐっとこらえて見守ってあげてください。子供のしようとしている事に、手や口出しをするいわゆる過干渉は、子どものやろうとする気持を傷つけます。多少未熟であっても、自分でやろうとすることを大いに褒めてあげることが大切です。

この時期の子どもの自立度は確かに未熟ではあるのですが、大人のことばをかなり理解できるようになっています。丁寧にゆっくりお話してあげることによって子どもは多くを理解できるものです。感情的に叱りつけることだけは避け、丁寧に根気良くお話しする習慣をつけることで、子どもは人の話を聴ける人に育ちます。「ただひたすら守る」ことが大切に思えた赤ちゃん時代は終わり、一人の人間として歩き考える子どもを支え応援する時期が始まりました。自立しきらない存在を尊重しつつ甘えさせる勘所をつかむのは簡単ではなく、見守る側の忍耐も試されます。それでも、可愛くも頼もしく成長した我が子に助けられて、自分も共に成長し世界を発見し直せる素敵な時間がやってきたのです。言葉をつかいはじめた「小さな思考者」との会話や驚きに満ちた毎日の生活を、是非一緒に楽しんで欲しいと思います。