3歳を過ぎた子どもに久しぶりに会って驚くことは、体つきがしっかりとして、少し前の危なげに歩く姿がすっかり消えていることです。オムツが外れて身軽になった子どもは、走る・跳ぶ・潜る・登るなどの動きが活発になってきます。身体を自在に動かすことが脳の発達にも大きな影響を与えているのでしょう、子どもなりに考える力も成長し始めている事がその表情から見て取れます。(私たち老人の足腰が弱り物忘れがひどくなるのとは正反対ですが、歩行と脳との関連はとても大きいことが分かります)。

 2歳代から続いてきた自己中心的な主張に添い、「子どもにとっての当然の欲求」である、「子どものしたいこと」をできるだけ実現させてあげるという大人たちの苦労の結果、3歳を過ぎた子供たちは、思い通りにならないもどかしげな様子や癇癪も随分と少なくなってきます。自分の思い通りに動いている時の表情は、自信に満ちた笑顔が多く見られるようになります。保育界のリーダー的存在の、ある園長さんがご自身の著書の中で、「子どもは3歳になるまで随分と不自由で思い通りにならない苛立ちを抱えていたのではないか?」といったことを書いておられましたが、私も3歳を過ぎた年令の子供たちを見ていると、「3歳までのトンネルを抜けてきた」と言った表現がぴったりすると思っていました。

 そうは言っても、子供たちを取り巻く私達大人の生活は忙しく困難の連続で、心も身体もパワーアップしたこの年齢の子どもに応じた欲求を充分に満たしきることは大変なことです。例えば、保育園にはご家庭では見かけない遊具もいくつか置いてあって、たまたま夕方のお迎えの時間にその遊具で遊んでいたりすると、なかなか家に帰ろうとしませんが、とくにこの年齢のお子さん達に多いようです。遊園地などで100円を入れると動く乗り物や動物に何度でも乗りたがり、「一体どうしたらおしまいにできるかしら?」と困った経験がおありでしょうが、それとよく似ています。

 また、デパートなどで良く見かけるのが、遊具売り場でなかなか遊具から離れないお子さんに対し、「おいていくよ~」と言って実際に歩き出そうとしているお父さんお母さんの姿です。どなたも大切なお子さんを置いていくはずはないことですが、その言葉であわてて遊具をしまおうとしていたお子さんも、3歳を過ぎてくる頃には、「ぼくを置いていくはずがない」と気づいて、そうした声かけには動こうとしなくなります。子どもの知恵も大したもので、わたし達大人の口癖はすっかり見抜いてしまいます。他にも、お父さん・お母さんのお迎えに気づいた途端、自分の保育室から飛び出し、あちこちの部屋を走り回るお友達がいます。このお子さんも、自分の部屋以外に魅力的な場所を知ってそれをお父さんお母さんに知らせたくて走っていく姿から、3歳を過ぎた子ども達は、随分とその生活範囲や子ども自身の関心が広がって、子どもの力がついてきていること感心させられます。

 子どもが自分の好きな遊びを何度も繰り返ししたがる理由として、「この楽しさを何度も味わいたい」という欲求がとても大きいことは確かです。と同時に「面白いのはどうしてだろう?」と子ども自身考える力がついて来たことにより、その理由を探りつつ遊んでいる姿に気づかされます。だからお父さん・お母さんが迎えに来ると、「大好きなお父さん・お母さんにこの面白さを分かってもらいたい。一緒に遊びたい。」という気持ちで、なかなか帰ろうとしないのです。

 あるお母さんが「おうちが嫌いなのかしら?」と心配されていましたが、「ほんの少しお子さんと付き合ってあげて」とお願いして、それを続けられているうちに、いつの間にか「帰りたくない!」は解消されていきました。その母子の様子を見ていると、お母さんは、「ここはどうなっているの?」とか「これおもしろいね~」など子どもさんと一緒に遊具に触れ、子どもの気持ちに添って話しかけていました。そして子どもに上手に質問しているうちに、子ども自身も遊具のからくりを見つけることが出来たらしく、それまでの遊具への執着が解消され、案外短い時間でお母さんと帰宅できるようになりました。

 忙しいお父さんお母さんには「せっかく迎に来たのに~」と困っておられますが、お子さんに自分で行きたいところが出来てきた、「随分力がついてきたものだ!」と喜んで頂きたいと、そうした光景を目にするたびに思うのです。「もう帰っちゃうよ」は一見有効な手段に思えますが、言葉だけの「脅し」が効く期間は短いものです。それに対して、上述のお母さんのように、一緒に試行錯誤に参加して見守る方法は遠回りに見えますが、実は一番の成長への近道です。心も身体も自立に向かって大きく成長しつつある3歳からの「わがまま」の一番の対処法は、この「小さな博士」の精一杯の発見や工夫を一緒に驚き、楽しんでしまう事ではないでしょうか。夕暮れの一時に、仕事を忘れて子どもと一緒に驚き笑ってみれば、固くなった大人の頭も柔らかくなり、退屈な送り迎えも大人の小さな悩みも、子どものおかげで輝いて見えるかもしれません。