歩行を開始した赤ちゃんは、色々な物に興味を持って移動するので、大人たちは目を離せない状態になります。歩きはじめることによって赤ちゃん自身にも大人との距離が出来て、「これは何?怖くない?どうしたら手にもてるの?」など疑問や欲求が増え、言葉も是非必要になるのでしょう、この時期に言語能力も飛躍的に伸びて、しばしば大人を驚かせます。しかし、1歳半を過ぎても言葉を発さないと心配される親御さんもおられるように、運動能力同様、言語能力の発達にも幅があります。では赤ちゃんの言語能力を育てるには、どんなことが大切なのでしょうか。

生まれて以来大人の話しかけに触れてきて、歩行開始とともに行動範囲が広がった赤ちゃん。この時期に一つ一つの行動の度に大人がさらに多くの言葉をかけることにより、赤ちゃんの言葉の理解が目に見えて広がります。例えば扇風機を触ろうとした子どもに、「これはせんぷうき、あぶない・あぶない・・」等と話しながら、子どもの動きに沿って話しかけることが多くなります。実際この時期に、赤ちゃん自身の興味ある行動に伴った大人からの言葉の量が大変多くなるという研究データもあります。どうやら歩行を開始した子どもの言葉が急速に増えてくる理由に、大人の言葉がけが圧倒的に多くなるということが関係しているようです。とはいえ、大人からの一方的なことばかけのみが言語能力を刺激する訳ではありません。

赤ちゃんは、歩行を開始するだいぶ前から大人からのことばかけをたくさん受けますが、10ヶ月頃からは大人の指さす方向の対象物を大人と共に見ることが出来るという、人間の優れた能力の一つを発揮します。そしてたちまち自分の興味のあるものを指差すことを覚えます。「あっ・うっ」等ことばにならない声も出しながら、自分で見つけた興味深いものを一生懸命大人に分かってもらおうとしきりに指差しをします。これが赤ちゃんの立派なことばの基礎です。この時期、赤ちゃんの興味に反応して、大人が車の色・車種・音などについて、「赤いブーブーだね」「ブーブーはやいね〜」のように、楽しくことばにしてあげることが大切です。

赤ちゃんがいくら指差しをしても大人がそのことに何の反応をしなかったら、赤ちゃんの大人に何かを伝えようとする意欲はすっかり失せてしまいます。赤ちゃんにとっての言葉は、感動や疑問を伝えたいという大人がいることが大前提で、その自発的な好奇心や興味を認め励ましてあげることで、いっそうの好奇心が育ちます。つまり、言語能力の発達には、赤ちゃん自身の自発的意志や好奇心の発達と、それを認めて励ます大人の存在と信頼関係、その大人による細やかな言葉かけ、などが不可欠です。

そして、赤ちゃんがはじめに覚えていく言葉は、身近な大人との関係を反映します。例えば、歩き始めた赤ちゃんには様々な危険がつきまとうので、どうしても「あぶない!・だめ〜」などの禁止の言葉が多くなるものです。そのせいか、 始めての言葉に、いわゆる否定語(「いやいや・だめ〜ッ」)が多い赤ちゃんも少なくありません。そこで私たちの保育園では、否定語が多い赤ちゃんには、出来るだけ楽しいことに関係する「おいしい・おいしい」「すき・すき」などの言葉を、食事や遊びの中で繰り返し発するよう心掛けています。食事のように毎日繰り返される楽しい時間に、決まった言葉を繰り返しかけることにより、赤ちゃん自身の楽しみを保育士が分かち合い受け止めることを伝え、信頼関係を築きます。そうすると、その他の活動(散歩や庭遊び)の中でも、赤ちゃん自身が見つけた好きなものを保育士に伝えたいと赤ちゃんが感じるようになります。ご家庭のお父さん・お母さん以外に自分の気持ちを伝えられる大人が一人でも多くいることも、意思疎通の欲求を刺激するうえで、とても大切なことのように思えます。

保育園は嬉しいことに、たくさんのお友達が居て様々な関わり合いがもてます。お友達が保育士さんに甘えている姿を見ることも度々です。「あんな風に甘えていいのだな〜」、というような表情でお友達が抱かれている姿をじっと見つめている赤ちゃんを見ることがあります。そして「自分も〜」と両手を出して、大好きな保育士さんに抱っこを要求します。保育園の0歳児クラスでは、赤ちゃん3人に一人の保育士さんが配置されていて、他に看護師さんや非常勤の保育士さんが入り、大人一人で大体2人の赤ちゃんの保育に当たるといった状況ですので、赤ちゃんも言葉でどんどんしてほしいことを要求することを覚えます。こんなことからも、言葉を話し始めるということは、赤ちゃん自身が言葉にしたいという動機と、それを是非伝えたいと感じる大切な大人との関係があることが明確に見てとれます。

もし赤ちゃんが1歳半を過ぎても一向に言葉を発さず心配でしたら、 発達の遅さに気をもむ前に、日々の赤ちゃんへの接し方を少し見直してみて欲しいと思います。赤ちゃんの要求をかなり先取って玩具やたべものを与え過ぎて自発性の芽を摘んではいないか、また言葉によるやり取りが十分か、表現したいと感じる多くの人間関係が日常にあるか、などをみてあげてください。言葉は社会関係の道具であり、日々の楽しみの中で豊かになっていくものです。発達の早さ、遅さばかりに気をとられるのではなく、赤ちゃん自身の好奇心の輝きと、まわりの人間との喜びに満ちた信頼関係があるかどうか、が何より大切に思えます。それがあるなら、かわいい言葉で大人を楽しませてくれる日はすぐそこです。