年長時代も後半になると、親子ともども徐々に小学校生活をイメージする機会が増えてきます。小学校入学では、慣れ親しんだ保育園の仲間とも別々になり、活動も体験を中心に学ぶのではなく座学中心へと変化します。新1年生が教室に座っていられずクラス運営が困難な状況が、「小一プロブレム(problem=問題)」という社会問題として取り上げられるようになって久しく、保護者の方々も「我が子はうまくやれるだろうか?」と心配になることと思います。そこで、新たな集団生活に備えて、大人が意識して伸ばしていくべき「がまんする力」について考えたいと思います。「小一プロブレム」には、必ずしも子どもの側の問題ばかりとは言いきれない部分もあり、例えば汐見稔幸氏は、『本当は怖い小学一年生』(ポプラ新書)のなかで、教える側の問題(旧来の学びスタイルを続けている教育制度の問題)も指摘しておられます。教育改革は大いに待たれるところではありますが、私は現場を見てきた保育者として、子どもの育ちの側面からこの問題を考えてみたいと思います。

 元気で、ユニークな悪戯いっぱいだった5歳児時期を経て年長児クラスの子ども達には、所属する友だちのことや集団全体の流れを理解し、それに合わせる力が徐々に育ってきます。行事の主役の存在で活躍する中で、子ども達は葛藤や集団の流れに合わせようと多くのがまんを経験しますが、友だちと力を合わせ大きな行事を達成させて得た「前向きながまんの力」こそ、小学校以降の社会生活に大切な底力となります。同時に、担当の先生の魅力的なリーダーシップや友だちの秀でた部分への憧れを持ちつつ、自分のやりたい事・好きなことを積極的に見つけていく時期でもあります。

 この時期から、「言われたことに盲目に従うがまん」ではなく、自発的で意志的な「前向きながまん」の力をつけてやることが、大人の大切な課題だと思います。言われたことには従っても積極性が少ない子どもや、集団生活が苦手な子どもには、「集団活動の楽しさを実感して、みんなのために自分の感情をコントロールする力」を伸ばしていくことが課題です。「自分からがまんする力」が育つには、自分の欲求や気持ちを自ら表現し、どんなことでも子どもなりの達成感を味わった経験が必要です。

 近年、少子化・家庭の事情・地域事情の変化もあり、大人は無闇に「人に迷惑をかけないの!」と厳しい躾をしてしまいがちです。しかし、年長までにユニークな悪戯や大人への悪態を強く抑えられすぎた子ども達は、深い胸中の気持ちを表現できず、小学校以上の年齢まで反抗を引きずる事になってしまいます(「お母さんはしつけをしないで」長谷川博一、草思社文庫 楽しく子育て42 参照)。

 厳しすぎる躾のもとで育った子どもは、感情表現、特にネガティブな感情(怒り、悲しみなど)の表現を抑えてしまいがちです。しかし子どもは悲しみや怒りも含めて言葉で表現してはじめて、他人とのズレやぶつかり合いを解決する知恵がつきます。保育現場では発表会などの練習時に、緊張とストレスから子ども同士がぶつかりますが、子ども自身に自分の気持を言葉にできる表現力があればトラブルを乗り越える事ができるので、時間をかけて子ども達の気もちを表現させるよう心がけています。たとえ張り合いや競い合いが生じ、思いもよらぬ感情体験があっても、大人や仲間に理解されているという信頼関係があれば、前向きに乗り切ることができるのです。

 この年齢の子どもにとって、担当の先生やお友だちへの愛着と自分への愛着は、ほぼ同じ意味があるので、けんかをして怪我をしてしまっても、お友だちを一方的に非難することを大人は控えなければなりません。けんかのいきさつ等は本人が充分承知しているので、子どもから話して来る時には心を込めて耳を傾け、本人が忘れてしまった事柄や、話したくない事柄をしつこく聞き出さない配慮も必要です。子どもが自分の気持ちを表現するのが苦手だったら、焦らずに暖かい関心を向けて、待ちましょう。

 また表現が苦手な子どもには、積極的に体を動かして感情を表現する機会を多く作ってあげて下さい。テレビの幼児番組で魅力的な内容を選び親子でダンスを踊ってみたり、ダンス関係の教室に通わせると、お子さんの意外な才能を発見できるかもしれません。これからの小学校ではダンスが教科に入ってきますし、体を動かす事により、心がわくわく開放的になり、ポジティブな思考も育ちます。自然の少ない都会の子ども達には運動量の少なさを補う事にもなります。

 家族や活動を共にする友だちや先生が大好きで人のために頑張りたい、という自然な気持ちが集団の連帯意識につながりますが、「大好きなみんなのためにがんばりたい」という気持ちは、想像力の育ちと深く関係しています。テレビのアニメばかりでなく、良質の絵本(楽しく子育て41 うそをつく 参照)を楽しむ時間は、想像力の育ちにおいて大変重要ですので、時間のある限り一緒に、善悪や人間関係の葛藤を深く考えさせる良い内容の絵本を読む時間を取りたいものです。その積み重ねの結果、子どもはじぶん達の作品を見せたい・発表を観てもらいたい、大好きな人の為に何かをやり通したい、というイメージが描けるようになり、自分からがまんする力につながります。保育園でも子どもたちは、絵本の物語から複雑な状況に応じた表現を感じ取って、場に合った上手な表現をしてくれて、私達保育者をびっくりさせています。気持ちや状況を想像し考える力は、大人になって様々な事情や状況を予測し、関わり会う人々の個性を理解する大きな力となります。お金を払う「知育」や習い事に頼る前に、文字への興味や言葉の能力も高めてくれる絵本の力を侮らず、日々できることを一緒に楽しんで欲しいと思います。

 “前向きにがまんする力”は、自発性の育ちの結果のものであり、「信頼関係・想像力・表現力」の賜物です。もしお子さんの集団生活に不安を感じるなら、長い目でこれらのなかで足りない部分を意識して、自発的に楽しんで人と協力できる力を育てていって欲しいと思います。子どもの内面はまだまだ育ち直すことが出来るのです。いつからでも遅くはありません。子ども達がそれぞれの個性を輝かせ乍ら、多様な仲間と創造的に生きられる社会人を育てることが、私の子育ての大きな喜びでもあります。