はじめまして、落語家の立川吉笑(たてかわ きっしょう)です。ご縁が繋がり、毎年9月頃に『祖父母を招く会』として、各園で落語を披露させて頂いています。入門して3年目(つまりは落語家として3歳)の頃から、毎年後輩と一緒に伺うようになって、気づけばもう10年。駆け出しの若手落語家にとって、誰かの前で落語ができることは何よりも貴重なことなので、僕や後輩たちにとって本当にありがたい経験をさせて頂いています。
この『祖父母を招く会』での楽しみの1つに、終演後に給食を食べさせてもらえることがあります。「前座修業」という言葉を耳にしたことがあるかもしれませんが、入門したての前座と呼ばれる身分の頃は、金銭的にも時間的にも自炊をする余裕などなく、大抵はカップラーメンやレトルトカレーなどで食事を済ませます。あとは仕事場で頂くお弁当と、コロナ禍以前はほぼ毎日あった師匠方との打ち上げでの居酒屋メニュー。そんな偏った食生活の前座は、若水会の給食にカルチャーショックを受けます。
初めて給食を頂いた日、まずはその献立に驚きました。完全な和食だったんです。子供たちの食べる給食だから、勝手なイメージで「コッペパンとカレーとサラダ」とか「スパゲッティとサラダ」とか、そういうお子様ランチとしてパッと頭に浮かぶようなメニューなのかなと思っていたら、出てきたのは「白米と味噌汁と煮魚と小鉢」という、健康診断が近づいてきた部長が頼みそうなTHE和風定食。3歳とか4歳の子供たちがこの渋いメニューで大丈夫かなと思ったら「みんな和食も大好きで魚も煮物もパクパク食べますよ」とのこと。
本当かなぁと半信半疑で食べ始めてさらに驚きました。「そ、素材の味が最大限引き出されている!」普段、味が濃くてジャンクなものばかり食べ慣れている前座の味覚でもわかるくらい、若水会の給食は出汁が効いているんです。味噌汁は味噌の風味というより、出汁と具野菜の甘みとが前面に出ていて素朴な味わい。煮魚も煮汁よりも魚本来の味がダイレクトに伝わってきます。醤油味とか塩味とか派手な味付けじゃなくて、素材全体を出汁の旨味で覆って、そこに少しの醤油とか塩とかの風味がついている感じ。落語で例えると、古典落語の中に、急に意外性のある刺激的な言葉を入れてそこを笑い所にしてしまう僕たち若手の高座と違って、江戸の町人たちがただ長屋でぐだぐだ喋っているだけの場面なのに、聴いている側にそこはかとなく面白さが伝わってくるベテランの師匠方の風情というか。
「これ、めちゃくちゃ美味しいよな?」と横にいた後輩と目を見合わせました。あっという間に食べ終えた僕たちが帰るとき、ちょうど子供たちはお昼ご飯の時間となったようでランチルームの小さなイスに座って、ついさっきまで僕たちが頂いていたTHE和風定食をみんながパクパク美味しそうに食べていたの光景はとても印象的でした。
それから僕は毎年3回から4回、合計30食くらい若水会の給食を食べさせてもらっています。その半分以上は和食だったと思います。白ご飯があって、お味噌汁があって、主菜と副菜がある。かつての日本人にとっては当たり前だったであろうそんな食事を珍しく感じてしまうくらい、コンビニ弁当や濃い味付けの外食に慣れてしまった僕にとっては、出汁の効いた素朴な味わいに背を正される思いがします。
特に印象に残っているメニューは、出汁の美味しさが大活躍する「にゅうめん」。麺やたっぷり入った具に出汁が染み込んで食べ応え抜群の絶品です。「レンコンのはさみ揚げ」だったか、一際手の込んだおかずの日があって、聞けば子供たちも先生たちもみんなが大好きな名物料理とのことでした。府中にじのいろ保育園で頂いた「トースト」も美味しくて驚きました。野菜などと同様に、パンも近くのパン屋さんから仕入れておられるようですが、普通に焼いただけのトーストが外はサクッと、中はふわっとしていて高級ホテルの朝食みたいで感激しました。お言葉に甘えて2枚ペロリと食べてしまいました。「豆苗のシャキシャキサラダ」が出てきた時も驚きました。なんせ僕が豆苗という存在を知ったのは二十歳を過ぎてからでした。こんな小さな時から豆苗を味わっているなんて!さらには豆苗の醍醐味でもある一度収穫したあと根っこを水につけて置けばもう一度収穫できることも、クラスで実際にやることで子供たちも体験しているようでした。あるときは、ちょうど育てていたゴーヤが収穫できたタイミングだったらしく、自分の背丈くらいある立派なゴーヤを大事にそうに抱えながら男の子が一生懸命運んでいました。僕がゴーヤの苦味を知ったのは随分大人になってからでした。
子供の味覚は大人よりもずっと繊細で研ぎ澄まされていると聞いたことがあります。「食育」という言葉があるように、若水会の給食を通して小さいうちから多様な食材に触れることは子供たちにとって絶対に良い影響しかないでしょう。1つ心配するならば、それは昼に保育園で出汁の効いた美味しいご飯をたくさん食べてきた子供に、家でご飯を作るお父さんお母さんの気持ちです。さぞかしハードルが高くなっていることだろうなぁと、勝手に心配しています(笑)
立川吉笑(たてかわ きっしょう)
立川 吉笑(たてかわ きっしょう) 落語家
2010年、立川談笑に入門。
2012年、二ツ目に昇進。
2022年、NHK新人落語大賞 受賞
http://tatekawakisshou.com/